KOTORABO 物性変換技術

 

すべての存在は意識を持っている。KOTORABO物性変換技術は物体が持っている意識に働きかけ、閉ざされている意識を、物体が誕生する前にさかのぼってその意識を目覚めさせる技術である。

ヘリウムは水素の核融合によって誕生するが、その営みはヘリウムとしての営みである。水素の記憶は閉ざされているが、水素の意識を目覚めさせるとヘリウムでありながら水素のエネルギー準位に復活する。ヘリウムとなるときに放出したエネルギーを取り戻すことができる。

水素はといえば、元をたどれば元は素粒子であり、さらには素粒子、クオーク、さらには最初に生まれた基本子*最初に誕生した形ある存在*であり、その基本子から幾多もの集合と離散を繰り返して誕生した存在である。その基本子は無形なるエネルギーから誕生している。無形の中にも誕生の順番がある。無は無形の情報の集合であり、有形世界と同様にエネルギーとして存在しながら、集合と離散を繰り返しながらついには有形を誕生させている。無形の中での誕生した経緯をたどりながら物体の意識を目覚めさせていくとそのすさまじい力に圧倒される。有形の世界で起こっているエントロピーの増大はその過程ではエントロピーの縮小という経過をたどる。それは安定への道程、高エネルギーへの道のりである。もはや人類が誕生している有形世界とは比較できない力となる。人類は目覚めた物体によってその力を受け取ることができる。地球上でのエネルギー連鎖と同様にその力を得ることができるようになる。

 

人類は過去にも今においてもひたすらに自然の力を得ようと意識の力を使いこなそうとしてきた。しかしこの自然の仕組みに目を向けない限り決して本質の力は得ることはできない。ましてや環境が人のその能力を決していることに気がつかないまま、いたずらに己が力を過信して意識を使って能力を高めようとしている。使っている意識レベルがいかに低いかという事実すら知らずに意識を使ったところで、それは自然が持っている本質の力からは比較しようもないほど低く、しかもほんのわずかの時間、わずかな力を発揮するだけである。

 

その点、物体の意識は永遠であり一度本質の意識を目覚めさせればその力は決して落ちることがない。そして永遠の持続性を持っている。

人類は自然界では従属生物であることを知らずして、己が能力が他人と比較して優位であると思い込むをみて滑稽としか思えない。自然の姿の中からその姿を解き明かしたときにこそその真実の姿が見えてくる。おごるな人類。

 

意識に目覚めた物体は、自然の理にしたがってその存在を認めた人にのみ、宇宙自然の一員としての参加資格を与える。つまり意識に目覚めた物体が人類にとっては余りあるエネルギーを与えることとなる。

あくまで人類は自然界においては従属の存在であることを忘れてはならない。思い上がったときに人類は破滅へと向かう。創造は人類が使える唯一の智慧であるが浅はかな創造は智慧ではない。単なる勘違いである。つまり創造の力は使い手の環境、意識の準位によって異なり

だれもが同じでないことも知るべきある。

目覚めた物体は人のその創造をはるかなる創造へと導いてくれることを知るべきである。

KOTORABO 物性変換技術より抜粋