SEINARU ENERGY


仏陀の因縁解脱

釈迦は因縁解脱の方法まで示しています。


縁起の法も、四苦八苦も

苦から脱却するその方法も否定する根拠はありません。

しかし今は

釈迦以来2.500年が経過して

その間私達は釈迦が説いた内容以外に

方法はないと考えた方がよいのでしょうか




哲学も心理学も多くの先人の努力により


相当進んでいます。


釈迦は、精神的外傷(トラウマ)はご存じだったでしょうか。

今の心理学者、精神分析学者が持っている知識は持っていたのでしょうか。

もちろんその内容は異なると思いますが・・。

釈迦が説いた法は



既に過去のものとなっていないでしょうか。



仏教を否定しているのではなく



苦から脱却する方法が

他に方法はないのでしょうかと問うているのです。

現在は多くの宗教があります。

その中に

釈迦が説いた苦からの脱却ができる方法ではない



具体的方法を持っている所をしりたいのです。


もちろん立派な宗教家もいらっしゃいますので



宗教を否定したり、そういう方を否定したいのではないのです。



明確に釈迦が説いた



苦からの脱却法を指導できるところがあるかということです。



あれば知りたい。ただそれだけです。

私は私なりに



苦からの脱却方法を見つけました。



釈迦は苦から脱却する方法を

厳しい苦行の中から見つけ


その教えが仏教として在ります。



釈迦が亡くなってから2500年が経過しています。


仏陀入滅(紀元前563年、又は466年誕生し、80歳で入滅)



仏陀はその説法で四苦八苦、縁起の法則、諸々説いています。


(詳細は皆様の方がよくご存じと思いますので省略します。)



その間この教えから


釈迦と同じように仏陀となられた方はいらっしゃるのでしょうか。


何万人の人が仏陀の説いた仏法を求めてきたことか。


仏陀の究極目的は



如何に人々の苦悩かをなくすのかでありました。


エネルギーでマイナスを消してしまったら

それだけでももしかすると



(もしかするとですよ)仏陀の目的は達成できてしまうかもしれません。



少なくとも因縁からの解脱が可能なのかもしれないのです。


私にはその通りだとは断言するだけの


仏陀の教え、法に対する知識はありません。




今のところ私の理論が仏陀の説いた法に


そっくりの部分があったというしかありません。

大きな違いは、物体にその力を持たせることができ


間接的に人のマイナスを消すことができるという点です。


これは大きな違いです。


全く違う理論の中に仏陀の説く法に似た部分があり



具体的にマイナスを消す、その方法があるということです


宇宙の誕生



これは未だ誰も解明できていない謎の分野です。



私も相当考えてきましたが




あくまで仮説に過ぎません。


その仮説の中にエネルギーがあり


その源があり


その力を物体の記憶として復活させて


物体をエネルギー体とし


そのエネルギーを人が受け取るという仕組みです。


そんな馬鹿なことがあっていいのかと思う人が大半でしょう。


確かに常識外ですから当然です。

しかし宇宙はそこに現実にあり存在していて


その仕組みと思われる仮説の中で


現実にピアノの音質をがらっと変えてしまったり


人の能力が高まったりしているのも現実です。


哲学的でもあり、現実的でもあり

確かにそうなってしまうのですから


いったいどれが本当で何が嘘なのかを見抜く実力が必要です。




所有する人の意識に連動するというエネルギーの性質から見ても


完璧に機能をすると確信があります。

宇宙どのようにして誕生したのかは仮説でも良いのです。


それは科学者がいつかは解明してくれるでしょう。

私達は今を生きています。


その今をよりよく生きていくためにその仕組みが使えて


現実に健康になったりできればよいと思います。


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釈迦の教えは、縁起、四諦、八正道から成り立っています。

縁起(えんぎ) 物事がお互いに関係しあっているという意味

釈迦は、人生は苦であり、苦の根本的な原因としは、

「無明(むみょう、無知、迷い)」、無知である為に迷い、
迷う為に物事に対して「愛(愛憎の念)」をもち、
それに対して「取(執着)」し、執着する事で苦しむと考えました。
四諦、八正道でこの無明から抜け出す方法を説いています。
四諦(したい) 
苦という人生の本質、苦の原因、原因の消滅、苦の原因を取り除く方法

苦諦(くたい)

苦に関する真理。人生とは本質的に苦であると説いています。
 
集諦(じったい)
原因に関する真理。人生が苦である事の原因を明らかにしている
 
滅諦(めったい)
原因の消滅に関する真理。苦の原因である煩悩(ぼんのう)の消滅が苦の消滅です。
 
道諦(どうたい)

道=実践(方法)に関する真理。苦の原因を取り除く方法を説いています
八正道(はっしょうどう) 
道諦をさらに詳しく説いた八つの正しい道(方法)

この方法を修行を積む事により、煩悩(ぼんのう)をなくし、
結果として苦を克服する事が出来ます。

  1. 正見(しょうけん) 我の意識を離れ、正しく物事を見る事。
     
  2. 正思惟(しょうしゆい) 正しく物事の道理を考える事。
     
  3. 正語(しょうご) 真実のある正しい言葉を語る事。
     
  4. 正業(しょうごう) 正しい行為。間違った行いをしない。
     
  5. 正命(せいみょう) 正法に従って清浄な生活をする事。
     
  6. 正精進(せいしょうじん) 正しく目的に向かって努力する事。
     
  7. 正念(しょうねん) 邪念を離れて正しい道を思念する事。
     
  8. 正定(しょうじょう) 正しく精神を集中して安定させる事。
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釈迦は苦を無くし幸せになる方法を教えています。


この世は、苦の世界であり、苦の原因は、「迷い」や「執着心」で

「考えすぎない」のが一番だと悟りました。苦から抜け出るには、

正しい考えや正しい行いをしなさい。ということを教えているのです。

確かに私達は形ある世界に中で生まれてきています。

それは形無き世界の延長上で産まれています。

その形無き世界が


混沌で複雑な世界ですからそこから産まれたら


私達がその混沌と複雑さを持っていても何らの不思議はありません。

その中で生きていて、執着し迷います。


無明、無知ですから仕方がないことです。

これを解決するにお釈迦様は


今の仏教の基になる教えを説いたのです。

私は、この迷いや執着や無明から脱却するには



宇宙の三層構造を知り、


無を誕生させたエネルギーが必要だと思っています。



それは

無を誕生させた内容を持ちながら

混沌ではなく秩序ある世界です。



その秩序から無の初めが産まれ

次から次へと


エネルギーを放出しながら(エントロピの増加)


混沌とした複雑な情報体としての





無として存在している。



無の中では


誕生した最初の姿が一番美しいと思います。

そこから無の中の情報が複雑に混沌として


重なり合ったり集めたり集まったり



離れたり話したりしながら

類似するする無たちが集まって



新しいエネルギー層として存在し

そこから又新しいエネルギー層が産まれてくる。

そして形ある世界が産まれるエネルギー層が産まれ



そこから今の形ある世界へと続き


その継続する動きの中で私達は活かされている。

その動きの原因は


エントロピの増大という宿命の中で



存在として不足するものを求めている。



これが原因ならば


心の中に不安定や、不安や


執着や、無明といわれるものが存在するのは当然です。



そこにこの無明を誕生させた(させてしまった)、


無を誕生させたエネルギーを存在させれば


その無明は無明でなくなるはずです。

これは大切なことです。


苦の原因を消滅させる、


苦の原因となっているはずの


何かが足らないという状況から


その足らないものを補うのですから


その苦は消滅あるいは解決できるはずです。

苦そのものである肉体を満たして、煩悩の原因を無くしてしまえば




人としての存在は、自由な世界が開けないでしょうか。


八正道


が不要といっているのではなく必要なことだと思います。


苦が消えれば自然にそういう道に入れる可能性が大きいと思うのですが


さて、あなたはどのように考えるでしょうか。


縁起について

釈迦の教説の根本であるところの「四諦の法門」を一言でいうと「因縁」となり


これありてこれあり


これ生じるがゆえにこれ生じ


これなければこれなく


これ滅すればこれ滅す


とあります。

これという内容に


先祖の事も含まれているのでしょうか?


前世とか生まれ変わりはお釈迦様は言及していないようです。



日本での仏教(大乗仏教)では


ご先祖様の供養もありますので


お釈迦様も言及されているのでしょうか。


私には深い知識はありませんが


私なりの考えでは、本人につながる直系の系譜の


ご先祖様の影響は間違いなくあると思っています。



それは遺伝子の情報の中に刻み込まれていると思っています。


そうでないならば遺伝子情報が事細かく


分析できる現代科学でも皆同じになってしまうと思います.



その遺伝子情報に、過去のご先祖様の


無形の情報が刻まれていて


本人の考えや行動や、運につながる行動形態を引き起こしている。

こう考えれば


それが因になる。



また


本人が受けた精神的外傷もその因となる。


前世については今の私には判断できません。



(生まれ変わりのことです。)


前世、過去世については


今のこの現在に同居しているかもしれません。


なぜなら、無は時間も距離も空間も存在しない世界ですから


ここに同時存在していても不思議ではないからです。

同時存在して無形の情報としてあるならば


その存在は無の中にあり


無の前のエネルギーで満たせばそれは消滅させることができる。


それは言葉を換えれば



ご先祖様への最大の供養ではないでしょうか。

因縁解脱のための苦行も必要ではありません。




先祖霊がたたっているといわれて


大金を支払って厄払いをする必要はありません。


むしろそういう先祖の方々には


本人を護ってくれる守護霊として存在してもらえばよいのです。

先祖のマイナスをエネルギーで消し



エネルギーで満たされた守護霊として存在してもらうのです。


この方が遙かによいと思いませんか。


エナジーアイ エックスバージョンを


今風に説明するとこんな感じでしょうか


生きるということは宇宙の中にその存在を示す。


どうやらこれが究極の目的かもしれません。



人間も動物も植物も昆虫も、


いしころも金属もすべてです。


すべて時間の中で存在を示すには


運動があり,その構造があり



構造からくる機能があります。


その存在が示す機能が生命の姿でしょうか。


するとすべてが生命体です。

宇宙が誕生し私達が誕生して


すべてがその生命を維持していく。

地球上でもすべてがその世界の中で共存していると考えれば


人間こそが世界に主役であると思っているのは



間違いではないけれども


すべての生命がその主役です。



誰かが三千世界といっていますがまさしくそうだと思います。

宗教めいた話ですが



生命って何だろうと考えると



どうしてもこういう見方になってしまいます。


こんな考え方は間違っているでしょうか

そうでないと


エナジーエックスもミラクルハーモニーも誕生しなかったのです。



こうした考えかたもしながら

人間と他の生命たちとの違いを見つけ


特長をひとつ見つけては働きかけをしては



その反応が人にどう影響するかを観察して答えを出してきました。


そうする意外には方法はないのです。



すべての存在に、無が誕生しする前があり、


無から有が産まれて

集まったり離れたりしながら


新しい生命として次から次へと生まれ変わっています。








人も親から子へと新しい命をつないでいます。


無生物に見える多くの物質も

結合して新しい物質となり又離れてしまったりと

人と同じように命の営みがあります。




こうした動きは無の中でも同じように行われていると考えても良さそうです。



そういう動きを人は無常と表現したのでしょう。



変わらないところは無が誕生する前、


無を誕生させたところです。


恒常と呼んだらよいのでしょうか。



恒常の無??

無が無常ならば、無から誕生したこの世界は無常です。


恒常がなぜ無常を誕生させた理由がわかりません。



自らが自らを作り出したとか思えません。



その仕組みがゆらぎだろうと考えていますが、


間違いないという結果を導き出すのは困難です。



自らが自らを誕生させる。



ゆらぎ。


これは私達の目でも観察でも見ることができますし、




無から継続している動きだと思っています。

それが生命の営みを作っている原因と思います。



生きていくという根本的な目的は


自らが自らを作り上げるという最初の動きの継続であり、





ゆらぎの中で熟成されたエネルギーが次なるエネルギーを誕生させ、


形ある世界をも誕生させ、

銀河や宇宙と呼んでいる空間を誕生させ、

地球上には人類を誕生させた。




恒常から無常世界(無)が産まれ、人類に至るまでが



ひとつの大きな流れの中で存在し生きている。

私達の有形世界(私達には認識できない有形世界もあるかも)の中で


存在するすべては源が同じならば




今まで体験し経験し、答えが出てきているすべてに納得ができます。


又逆にそうでないと、体験し経験した答えが出ません。


エナジーアイエックスバージョンも




こうした理屈から成り立っています。


これで健康になれるとか



運が良くなるとか言うつもりはありませんが




もし可能ならば(大いに可能性ありですが)

こんなに楽しい体験ができるんですよ。



何事も体験しないとわかりません。

どのようにしようとしても答えは出てくるはずです。。



エネルギーはあなたの意識をキャッチし



目的が決まればそれは生きるという大目的の中で見事に成長し



あなたの目的を達成するように動き出すはずです。


苦からの解放


縁起の法があって



人は苦を集めて苦しむ。


その苦をなくす方法があるよと教えてくれているのがお釈迦様ですが


先祖のマイナスをなくすことはこれとは関係ないですね。


先祖供養ですね。


そして生まれ変わりについてもお釈迦様は



それにとらわれるな と教えているので

自分の前世があるとしても



自分が前世に犯したことが因となって


いるわけでもないですね。




無明が原因だよとあるので





自分の中の無明、無知がその原因ですね。


再確認できました。



無明をなくせば良いということです。

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無明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

無明(むみょう、avidya)とは、仏教用語で、迷いのこと。また真理に暗いこと


、智慧の光に照らされていない状態をいう。


法性(ほっしょう)に対する言葉である。



仏教では十二因縁の根源に無明をおく。



すべてのは、無明(迷い)を原因とする煩悩から発生し、


智慧によって無明を破ることにより消滅すると説く。


というものが存在するという見解(我見)が無明である。



無常であるものを常住と見るが、それが失われると苦しみを生じる。


すべての苦しみはこの無明を原因として発生すると説く。


この苦しみを消滅する方法は、初期経典には定型文句として四諦

八正道であると説かれている。



この四諦、八正道を知らないことも無明である。


たとえば、闇(やみ)について、多くの人は「闇は存在する」と漠然と考えている。



しかし、闇に光が当たると、闇はたちまち消えうせる。


闇がどこか別のところに移動したわけではない。


つまり、闇は始めから存在しなかったということである


闇は「光の欠如」ということであって


、闇と呼ばれる「なにか」が存在するわけではない。


精神的な「苦しみ」についても、同じようにとらえることができる。



智慧の光によって、苦しみはたちまち姿を消す。


苦しみが、何か実体を伴って存在しているわけではない。



実際には無いものを有ると考えるのは無明である。

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無明は智慧の光で消えるとあります。


辞書には


(智慧)仏語。相対世界に向かう働きの智と、悟りを導く精神作用の慧。


物事をありのままに把握し、真理を見極める認識力。


仏 空など仏教の真理に即して、正しく物事を認識し判断する能力。


これによって執着や愛憎などの煩悩(ぼんのう)を消滅させることができる




。六波羅蜜の一つ。般若(はんにや)。《智慧》




このように書かれています。




だんだんと複雑になってきてきます。

この意味を学ぶことも大切でしょうけども



無明がどのようにして産まれるのか考えた法が解決は早そうです。





恒常の世界から、無常の世界の無の誕生があり



その中で無明なるもの産まれてくると考えれば



無明が誕生する前のエネルギーで解決してしまうかもしれませんね。





無明を遙かに超えるエネルギーで無明を照らせば無明は


暗闇ではなくなります。



そして

エネルギーで先祖のマイナスを消し、トラウマを消し、


生きている間に知らずに受けてしまった



霊的マイナスを消し



意識を高く持ち、魂を磨き育てる事に努力する。



(八正道)


これがお釈迦様のいっている事ではないでしょうか


ではエネルギーを高め、己の中のマイナスを消し

  1. 正見(しょうけん) 我の意識を離れ、正しく物事を見る事
     
  2. 正思惟(しょうしゆい) 正しく物事の道理を考える事。
     
  3. 正語(しょうご) 真実のある正しい言葉を語る事。
     
  4. 正業(しょうごう) 正しい行為。間違った行いをしない。
     
  5. 正命(せいみょう) 正法に従って清浄な生活をする事。
     
  6. 正精進(せいしょうじん) 正しく目的に向かって努力する事。
     
  7. 正念(しょうねん) 邪念を離れて正しい道を思念する事。
     
  8. 正定(しょうじょう) 正しく精神を集中して安定させる事。

を実践することが



幸せへの道だった。

もちろん今は


人生への助言をしてくれる方が



書物を書いたりして


人生をよりよいものにできるようアドバイスしてくれています。




そうした教えや考え方を実践することで


自分の悪い因を無くし




良い因を刻んでいくことが大切のようです。




善因善果になります。




なるほどです。


エネルギーを高めて

今から善の種、善の因を積んでいく事ができるということになります.




これが因縁解脱の意味だったのか。と一人納得です。


エックスバージョンを使っている人がまだ少ないので


このようなことが現実にできると確信できるのは



もうしばらく先のことになりそうです。


お釈迦様が亡くなって2500年ぐらい経過しています。




今もしもここまで書いてきた内容が



現実のものとなったとき



お釈迦様は喜んでくれるでしょうか。?



少なくともエネルギーで先祖のマイナスを消すことができ



本人が持っている無明を照らすことができるならば



それはお釈迦様が喜んでくれると思います。



それだけで人間はよいわけはなく


人間的成長を果たさないといけないのですから



そこから又新しい人生が始まるのだと思います。