ハーモニーの KOTORABO

演奏者の感動
(メールの内容をそのまま掲載させていただきます)

一体何が起きるんでしょうね。
思いが形になるのがこの世だとは分っていますが、
それが目の前で直に体現させられると、
恐ろしささえ感じます。

今日レッスンに来た人の内で、
28才位の男性なんですが、
彼は頭のよい人で、ベルギーで大学院まで卒業して
帰国した、科学系なのにピアノは玄人はだし、という人です。
感性と理論のバランスが取れた、真の知識人に成熟しつつある彼が、
ベートーヴェンの「熱情ソナタ」の演奏中、突然手を止めて、
「作曲者の感情に圧倒されて、これ以上弾いていられない」、と
涙ぐんでさえいるのです。
ベートーヴェンが癒えぬ心の痛みを音楽にした曲なのですが、
古典形式の均整が取れた構造の中に、
おどろおどろしい激情の噴出がそこかしこに感じられる、
実にコワイ曲なのです。
それを弾いているとハーモニーの力でしょうか、
実感として追体験しているようなのめり込みになってきて、
表現が手に余るくらいの体感になるらしいのです。
私も最近は悪魔的な曲は弾く気になれず、
美しい曲ばかりやりたくなります。
曲の深みにはまると麻薬状態になるからです。
やっぱり作曲家は天才ですね。こういう仕掛けを作っていたとは。
こういう体感があると、表現って、芸術ってなんなんだろう、と
考えさせられてしまいます。
いきなり天才の苦悩が分ってしまった気になります。
芸術という道が深すぎて、怖い。
昇華、とひとことでは言えないプロセスが、
ハーモニーという魔法使いの杖を手にした者の、
いつかは開かなくてはならない扉として、
そこにあるきがします。
音が綺麗になったー、なんて入り口で喜んでいる場合ではありません。
その次があるのだよ、みなさん。
進化しないといけないのだよ。
次は自分の手に余るものを知ることになるのだから。
開発者の私も、しばし絶句しました。

ハーモニーにはその可能性はある
時を越えてしまったのか

演奏者の想い、情景、感情すら伝えられる内容がある
色、におい、香りすら届けることが出きるはず

それは奏者の感性次第と思う
感性を表現できるのがピアノハーモニー
そうなる仕組みをピアノハーモニーに持たせてしまった

これは罪か・
私も少し怖い・・・